- 着物
- 2022.09.09
南部芳松とはどんな作家?作品の買取相場はどのくらい?
今回の記事では、南部芳松(なんぶよしまつ)という作家について取り上げます。
この作家、着物愛好家の中でご存知の方がどれほどいらっしゃるでしょうか……
「そんな着物作家は聞いたことがないんですけど」という方も多いのではないでしょうか。
そう、実はこの南部芳松という人物は、着物や帯を手がけていた作家ではありません。
南部芳松は、着物の模様を染めるための原板である「型紙」を制作していた作家です。
完成させたい模様に合わせて特殊な和紙を彫刻刀や小型で彫っていき、それをもとに色を染め、模様を完成させます。型紙作家としては高く評価されており、1955年には「伊勢型紙突き彫り」の技術保持者として人間国宝に認定されています。
今回の記事では、そんな南部芳松のプロフィールや、芳松の背景にある「伊勢型紙」について、また芳松が得意とした「突き彫り」という技術などについてまとめてみたいと思います。
南部芳松とはどんな作家?
1894年、南部芳松はかつて「伊勢国」と呼ばれていた三重県鈴鹿市に生まれました。
生涯にわたって三重県で活躍し、死去する5年前の1971年には地元に多大な貢献を残した人に贈られる三重県民功労賞を受賞しています。
南部芳松がその人生をかけて取り組んだのは、古くから伊勢の地で盛んに行われていた着物の型紙を彫ることでした。「伊勢型紙」と呼ばれるその型紙は当時、最高品質を誇るものとして知られていました。
その第一歩は、小学校を卒業した1905年にはすでに踏み出されています。当時、すでに型紙作家として活動していた兄の南部藤吉のもとに弟子入りし、型紙の制作を学ぶようになったのです。
実の弟に対しても容赦なく厳しく教育する兄・藤吉のもとで、芳松は生まれながらに持っていたと思われるセンスを発揮。またたく間に上達を見せ、やがてはひとりで型紙づくりを手がけるようになります。
特に、芳松が得意としたのは伊勢型紙の世界で代々受け継がれてきた「突き彫り」という技術でした。この技術を兄に学んだ芳松は、やがて兄をも超える勢いで習熟していきます。
型紙作家となった南部芳松は順調に活躍を続け、やがては地域を代表する作家のひとりとなります。
1955年、国は文化財保護法という法律のもと、伝統技術を重要無形文化財に指定するということを行っていましたが、「伊勢型紙」もそのひとつとして選ばれます。
そして芳松は、ほかの5人の型紙作家たちとともに、それぞれ重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されることになりました。
さらに、優れた技術者であった芳松は教育者としても優れた手腕を発揮し、後進の育成に力を注ぎます。
1939~1943年、そして1946~1954年には伊勢型紙彫刻組合の組合長を務めています。
そして人間国宝認定後の1960年には紫綬褒章を、さらにその5年後には勲五等雙光旭日章受章を受章。冒頭にも記したように、死去する5年前には三重県民功労賞を受賞しています。
伊勢型紙と「突き彫り」について
伊勢型紙は、南部芳松の生まれ故郷である三重県鈴鹿市で生まれました。
起源は室町時代の中期から末期にかけての時期だとされており、当時は鈴鹿市を含む三重県は「伊勢国」と呼ばれていたため、「伊勢型紙」という名称が受け継がれていくことになりました。
伊勢型紙は、長い歴史にわたって一般庶民から権力者まで多くの人々に愛される着物を生み出す原版となっており、江戸時代には、現在の和歌山県を中心に広大な領地を治めていた紀州徳川家の紀州藩が保護していたといわれています。
有力な藩による庇護を受け、伊勢型紙は伝統工芸として発展を続け、やがて幕藩体制が崩壊して明治維新が成立し、紀州藩が地上から消滅して三重県が生まれたあとも存続。やがて1894年、南部芳松という伊勢型紙を代表する作家が誕生することになったのです。
さて、そんな伊勢型紙の世界において南部芳松が得意としていたのは、「突き彫り」という技術です。
型紙を彫るときは実に200本以上の種類がある小刀を細かく使い分けて行いますが、突き彫りは、複数枚(8枚程度)の型紙を重ね、上から突くようにして模様を彫りこんでいくという特徴があります。
突き彫りの特徴としては、なめらかな曲線を細かく彫っていくことができる点が挙げられます。
繊細な模様や、緻密に描かれた絵画的な模様を表現したい時に最適な彫り方であるといえるでしょう。
南部芳松の着物買取価格はどれくらい?
南部芳松は型紙の作家であり、着物を手がけていたわけではありません。
というわけで、「芳松の手がけた型紙を使って作られた着物による」というのが正確なところです。
現在のところ、南部芳松の手がけた型紙をもとにした着物を2万円で買取したというデータがありますが、作家によって値段は前後しますし、そもそも着物は時期によって価値が大きく変わるという特徴があります。
見る時期によっては、相場よりも大きな額になったり、逆の結果になってしまうこともあります。
ただし、あるひとつの業者に査定を依頼して思ったほどの査定額ではなかった……という場合、その場であきらめて売ってしまう必要はありません。
というのも、南部芳松が型紙を手がけた着物も、そうでない着物も同じことがいえますが、そもそも着物の査定は「見る人」によって結果が変わってしまうことがあるのです。
たとえば、査定士にいわゆる「見る目」がなく、正確な価値を見誤っていたとしたら?本来ならもっと高い金額が提示されたはずなのに、結果は振るわなかった……ということになってしまう可能性があるわけです。
逆に、着物の「見る目」がしっかり備わっている査定士であれば、その着物の価値を正しく見極め、適正な範囲内で、価値に応じた高額な査定額を提示してくれる可能性があります。
着物の買取業者に査定を依頼する場合は、できるだけ複数の業者に見てもらうのがおすすめです。
そして、複数の業者に着物を見てもらうとなったら、その中にぜひ福ちゃんもお加えください!
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