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着物作家・浦野理一とは?買取相場はどのくらい?

今回は着物作家・浦野理一(うらのりいち)についてまとめてみました。
浦野理一といえば、熱心なファンが多い着物作家でありながら、肝心の着物があまり一般には流通していない時期が長かったということで希少性がたいへん高いのが特徴です。

作家としてだけでなく着物と染物の研究家としても知られており、全10巻の『日本染織総華』をはじめ研究所を多数出しています。また、1961年に創刊された女性向け雑誌『ミセス』では着物のコーナーを担当し、多彩な着物や帯をプロデュースし、解説を担当。日本中の着物ファンに熱心に読まれました。そのほか、日本を代表する映画監督のひとりである小津安二郎の作品に参加し、華やかな彩りを添えました。

ここでは、そんな浦野理一のプロフィールや、現在もなお私たちの目を楽しませている着物について、また買取相場についてまとめています。

浦野理一とはどんな着物作家?

着物作家・浦野理一とは?買取相場はどのくらい?

浦野理一は、主に昭和の半ばから後期にかけて染織家として活躍しました。

染織物の研究家としても活躍し、その膨大な知識と豊富な想像力を駆使して魅力的な着物の数々を生み出します。

しかし、実は浦野理一本人の希望もあって、そのプロフィールはほとんど公表されていません。

雑誌のインタビューなどで断片的に語られるのみで、体系的なプロフィールが作成されたこともなく、謎めいた染織家という印象を与えます。

とはいえ、浦野理一が手がけた着物の美しさは確かで、特に“着物通”といわれる人ほど浦野の着物に魅了され、追い求めたといわれています。

特に、昭和の半ばには、いわゆる“鎌倉文人”といわれる人々に浦野の着物や染織物は愛されました。

当時、神奈川県鎌倉市には多くの作家や芸術家が住んでおり、まるでパリのモンパルナスのような芸術サロンが形作られていたのですが、中でも特に作家の幸田文は浦野理一の着物を深く愛しました。

1958年、幸田文は自らの作品をまとめた『幸田文全集』を出版していますが、その表紙には浦野理一が手がけた手織り木綿を使用しています(独特の格子柄が特徴的な手織り木綿で、のちに「幸田格子」と呼ばれるようになったそうです)。

ちなみに、生前に浦野理一の着物が一般に流通することはほとんどなく、その作品は1年に数回だけ開催される展示会や、小津安二郎の映画、または女性向け雑誌を通してしか見られなかったようです。

浦野理一は1991年に91歳で亡くなり、その後は「知る人ぞ知る染織家」として知られていましたが、最近では再評価の流れがあります。

2020年には浦野が残した布を使ったリメイク着物の展覧会が開催され、雑誌『美しいキモノ』2022年春号では「浦野理一の世界」という特集が組まれるなどしています。

映画監督・小津安二郎との出会い

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すでに紹介したように、浦野理一は映画監督・小津安二郎の作品に「衣装考撰」として参加しています。

主に、映画に出演する女優が身につける着物の監修を行っていました。

代表作『東京物語』(1953年)が世界的な評価を得ている小津安二郎は、画面に映る小物のひとつひとつにまで厳しいこだわりを持っていたといわれていますが(小道具を置く場所や向きまでミリ単位で細かく指示を出していたそうです)、そんな小津の感性に浦野理一はぴったりはまったのでしょう。

小津と浦野の出会いについて、浦野自身は雑誌に「ご母堂とのご縁で知り合った」と書いています。

小津安二郎の母を通じて出会った2人ですが、小津は浦野の着物に関する造詣の深さにほれ込み、衣装の監修を依頼することになった……ということだと思われます。

浦野理一が協力したのは、小津の晩年の作品でした。

その映画人生の中で、一貫して家族間のわだかまりや庶民の悲喜こもごもをモダンな映像スタイルで撮り続けた小津は、晩年に至ってカラー撮影にチャレンジします。

1958年、小津の初のカラー作品として話題を呼んだ『彼岸花』には、山本富士子をはじめ魅力的な女優陣が浦野の監修による着物を身にまとい、映画に華を添えました。

浦野と小津の協力は、小津の遺作となった『秋刀魚の味』まで続きます。

(集合住宅の子どもたちや大人たちの日常をユーモラスに描いた『お早う』と、旅芸人の一座の悲喜劇をドラマチックに描いた『浮草』には参加していません。おそらくこれらの作品には浦野の着物が合わないと小津が判断したのだと思われます)

デビュー間もない女優の岩下志麻の凛とした姿を美しくフィルムに焼きつけた『秋刀魚の味』は高い評価を得ていますが、岩下志麻が身につけている質素ながらも同時に大胆な縞柄の着物が特に印象的です。

また『東京物語』でも印象的な役柄を演じた小津映画を代表する女優・原節子が主演した1960年の『秋日和』では、娘と2人でつつましい生活をしているはずの原節子が、場面が変わるごとに浦野理一の手がけた美しい着物を着こなし、目で見るだけで楽しめる色彩豊かな作品に仕上がっています。

生活水準がそれほど高くない女性たちの生活をリアルに描くよりも、素晴らしい浦野理一の着物を活かしたいという小津の思いがそうさせたのでしょうか。

ちなみに現在、小津のカラー作品はいずれもDVDやBlu-rayで手軽に鑑賞することが可能です。

浦野理一の着物と、その着物を美しく着こなした女優たちの姿を楽しんでみてはいかがでしょうか。

浦野理一の作品について

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浦野理一は、染織の魅力に憑かれたかのように深く研究し、冒頭に紹介した10巻本の『日本染織総華』をはじめ多数の研究書を発表しています。

また、自らも染織を盛んに行い、友禅や紬織、さらには沖縄発祥の紅型(びんがた)など多彩な技法を駆使して染織物を制作。布を保管したスクラップブックは、ゆうに200冊を超えるとされています。

そんな浦野理一の作品の中でも、特に着物ファンの間でよく知られているのは「経節紬」の着物でしょう。

経節紬とは、人の手で紡ぎ出された大きな節のある糸を使って織りあげるもので、繊細なわざと忍耐力を要するものといわれています。織り上がった着物は、糸の節が独特の質感を生み出し、かすかに陰影のある特徴的なたたずまいを見せます。

浦野理一はこの技術を後世に伝えることがなかったので、現在では“幻”となりつつあります。

浦野理一の着物買取価格はどれくらい?

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作家や映画監督といった才能あふれる人々に愛好され、今また展覧会や雑誌の特集などで若い方の間でもその名が知られるようになっている浦野理一。

かつては「浦野の着物はめったに手に入らない」といわれていましたが、現在ではネット通販の普及によって以前ほどは入手困難なものではなくなっています。

とはいえ、浦野理一の着物が依然として高い価値を持つことには変わり有りません。着物の状態や売る時期にもよりますが、1着で8万円の値段がつくこともあります。さらに、時期によっては価値が大幅に変わることもあります。

そんな浦野理一の着物を売却したいとお考えの際は、ぜひ私たち福ちゃんにお任せください。

福ちゃんには、これまでに多くの着物を査定してきた豊富な経験と確かな知識を持つ査定士が在籍しています。査定の依頼は無料で受け付けていますので、ぜひ気軽にお申し込みください!

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