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  • 2025.09.23

蜻蛉切の読み方は?戦国最強「本多忠勝」の愛槍!天下三名槍の逸話と価値に迫る

蜻蛉切」は、戦国時代最強の武将とも称される「本多忠勝」が愛用した槍として知られ、「天下三名槍」のひとつに数えられる日本を代表する名槍です。

その名前の由来は、その驚異的な切れ味を示す鋭さと美しさを物語るエピソードとして語り継がれているほど。

この記事では、蜻蛉切の正しい読み方から始まり、所有者であった本多忠勝の武勇伝、天下三名槍としての位置づけや現在の所在まで、蜻蛉切に関するあらゆる情報を詳しく解説します。

蜻蛉切とは?正しい読み方と天下三名槍としての基本情報

蜻蛉切の読み方は?戦国最強「本多忠勝」の愛槍!天下三名槍の逸話と価値に迫る

蜻蛉切について理解を深めるため、まずは基本的な情報から詳しく解説します。

多くの方が疑問に思う読み方から始まり、その名の由来となった有名な逸話、天下三名槍における蜻蛉切の位置づけ、そして物理的な特徴について、順を追って見ていきましょう。

蜻蛉切の正しい読み方は「とんぼきり」

蜻蛉切は「とんぼきり」と読みます。

蜻蛉」という漢字は現代ではあまり使われることがないため、初見では読み方に迷う方も多いことでしょう。蜻蛉は昆虫のトンボを指す漢字で、古くから日本で使われてきた表記です。

そのため、蜻蛉切も「とんぼきり」と読むのが正しい読み方となります。この名前には、後述する印象的な逸話が込められており、深い意味を持っています。

名の由来は「穂先に触れた蜻蛉が真っ二つになった」という逸話

蜻蛉切という名前が付けられた由来には、この槍の鋭さを象徴する印象的な逸話があります。

ある日、本多忠勝が蜻蛉切を地面に立てていたところ、1匹の蜻蛉が槍の穂先に止まろうとしていました。

しかし、蜻蛉がその鋭利な刃に触れた瞬間、自らの体重によって真っ二つに切れてしまったというのです。

この逸話は、蜻蛉切の切れ味を如実に物語るエピソードとして語り継がれています。

蜻蛉のような軽い昆虫でさえ、わずかに触れただけで切れてしまうほどの鋭さは、まさに名槍と呼ぶにふさわしい性能を示しています。

この逸話が真実かどうかは定かではありませんが、蜻蛉切の伝説的な切れ味を今日に伝える重要な要素として、多くの人々に愛され続けているのです。

天下三名槍と称される日本屈指の名槍

蜻蛉切は「天下三名槍(てんがさんめいそう)」のひとつとして数えられています。

天下三名槍とは、日本に存在する数多くの槍の中でも、とくに優れた作りと歴史的価値を持つ3本の槍の総称です。蜻蛉切と並んで天下三名槍に数えられるのは、「御手杵」と「日本号」です。

✔ 蜻蛉切
✔ 御手杵(おてぎね)
✔ 日本号(にほんごう/ひのもとごう)

御手杵は結城秀康が所有していた槍で、その名前は米をつく杵に由来しています。

一方、日本号は豊臣秀吉から母里友信が拝領した槍として知られ、「日本一の槍」という意味を込めて名付けられました。

これら三槍は、それぞれ異なる特徴と歴史を持ちながらも、戦国時代を代表する名将たちに愛用された名槍として、日本の武具史上において特別な地位を占めています。

蜻蛉切がこれらの名槍と肩を並べることは、その格の高さを示す何よりの証拠といえるでしょう。

刃長43.8cm!大笹穂槍と呼ばれる豪壮な造り

蜻蛉切の物理的な特徴について詳しく見てみましょう。この名槍の刃長は約43.8cmと記録されており、全長は4mを超えていたとされています(諸説あり)。

一般的な槍と比較して注目すべきは、その独特な形状です。蜻蛉切は「大笹穂槍(おおささほやり)」と呼ばれる種類の槍で、笹の葉に似た幅広の穂先を持っています。

この幅広の形状は、突く動作だけでなく、切る動作にも適しており、戦場においてより多様な攻撃を可能にしていました。

豪壮な造りは、所有者である本多忠勝の武勇と威厳を象徴するものでもあり、敵に与える心理的な効果も絶大であったことでしょう。

その見た目の迫力は、「戦国最強」とも称された本多忠勝のイメージと完全に合致しており、まさに忠勝にふさわしい愛槍だったといえます。

蜻蛉切の所有者「本多忠勝」は戦国最強の武将

蜻蛉切の読み方は?戦国最強「本多忠勝」の愛槍!天下三名槍の逸話と価値に迫る

名槍・蜻蛉切を語るうえで欠かせないのは、その所有者であった本多忠勝です。

忠勝は徳川家康の天下統一を支えた重要な武将であり、その武勇は戦国時代において伝説的な存在でした。

ここでは、蜻蛉切を自在に操った本多忠勝がどのような人物であったのかを掘り下げていきます。

徳川家康を支えた徳川四天王の筆頭

本多忠勝(1548年 – 1610年)は、徳川家康に仕えた戦国時代の武将で、「徳川四天王」のひとりとして数えられています。

徳川四天王とは、家康の天下統一事業を軍事面で支えた4人の重臣のことで、忠勝のほかには酒井忠次・榊原康政・井伊直政です。

この4人の中でも、忠勝はとくに武功派として知られ、前線での戦闘において類まれな活躍を見せました。家康が三河の小大名から天下人へと上り詰める過程で、忠勝の武勇は欠かせない要素でした。

姉川の戦いや三方ヶ原の戦い、長久手の戦いなど、徳川家の命運を左右する重要な戦いにおいて忠勝は常に最前線で戦い、徳川軍の士気を鼓舞し続けたのです。

家康からの信頼も厚く、のちに上総大多喜藩10万石の大名となるなど、その功績は適切に評価されています。

生涯57回の合戦でかすり傷ひとつ負わなかった伝説

本多忠勝の強さを象徴する最も有名な伝説が、「生涯57回の合戦に参加しながら、一度もかすり傷を負わなかった」というものです。

この記録は、運が良かったというレベルを超えた、驚くべき武勇と戦術眼を示しています。

戦国時代の合戦は、現代人が想像する以上に過酷で危険なものでした。刀や槍、弓矢が飛び交う戦場において、57回もの戦いを無傷で切り抜けるということは、まさに奇跡的なことです。

これは忠勝の武勇だけでなく、戦況を瞬時に読み取る判断力、危機を察知する能力、そして適切な位置取りと戦術選択ができる冷静さを示しています。

この伝説は当時から語り継がれており、織田信長は忠勝を「日本第一、古今独歩の勇士」と称賛し、豊臣秀吉も「東国一の勇士」と評価。

天下人たちからこれほどの賛辞を受けるということは、忠勝の武勇が当時においても特別なものとしての認識だったことを物語っています。

愛槍・蜻蛉切と鹿角の兜は忠勝の象徴

戦場における本多忠勝の姿は、まさに戦国武将の理想像そのものでした。

愛槍・蜻蛉切を手に、大きな鹿の角をあしらった「鹿角脇立兜(かづのわきだてかぶと)」を被って戦場を駆ける姿は、敵味方問わず強烈な印象を与えました。

この鹿角の兜は、忠勝のトレードマークとして広く知られており、戦場では「鹿角の兜の武者」として恐れられていたほど。

鹿の角は成長と再生の象徴でもあり、忠勝の不死身ぶりとも重なって見えたことでしょう。

蜻蛉切と鹿角の兜という組み合わせは、忠勝という武将の個性と強さを視覚的に表現する完璧な装いだったのです。

蜻蛉切と忠勝は、まさに一心同体の存在でした。この槍は武器でありながら、忠勝の魂の一部だったといっても過言ではありません。

戦場において蜻蛉切を振るう忠勝の姿は、多くの人々の記憶に深く刻まれ、後世に語り継がれる伝説となったのです。

蜻蛉切は現存する?現在の所有者と展示場所

蜻蛉切の読み方は?戦国最強「本多忠勝」の愛槍!天下三名槍の逸話と価値に迫る

これほどの名槍である蜻蛉切が現在どのような状況にあるのか、実物を見ることはできるのか、という疑問を抱く方も多いでしょう。

ここでは、蜻蛉切の現在の所有状況や展示される可能性がある場所についての情報をお伝えします。

現在は個人が所有し、佐野美術館に寄託されている

蜻蛉切は本多忠勝の没後、蜻蛉切は本多家から分家した矢部家に伝えられ、矢部利家族が代々受け継いできました。その後、さまざまな経緯を経て、現在は個人の所蔵品となっています。

現在、蜻蛉切の実物は静岡県三島市にある「佐野美術館」に寄託されており、同館で厳重に保管されています。

佐野美術館は刀剣や武具の収蔵でも知られる美術館で、蜻蛉切のような貴重な文化財を適切に保存する設備と技術を有しているのです。

ただし、常設展示はされておらず、その姿を見られる機会は限られています。これは、文化財保護の観点から、光や湿度などの環境要因による劣化を防ぐためです。

このような貴重な文化財は、展示による劣化のリスクと、一般公開による文化的価値の共有とのバランスを慎重に考慮しながら管理されているのです。

企画展などで一般公開されることがある

蜻蛉切は常設展示されていないものの、佐野美術館やほかの博物館・美術館で開催される刀剣関連の企画展や特別展において、期間限定で一般公開されることがあります。

これらの展覧会は、刀剣愛好家や歴史ファンにとって貴重な機会です。

過去には、「名刀展」「戦国武将と名刀」「天下三名槍展」といったテーマの展覧会で公開されたことがあります。

また、本多忠勝や徳川家康に関連する歴史展示においても、重要な展示品として登場することがあります。直に蜻蛉切を見てみたい方は、これらの情報源を定期的にチェックしておきましょう。

ゲームの世界でも絶大な人気

蜻蛉切は歴史愛好家や刀剣ファンだけでなく、より広い層からも注目を集めています。

とくに、人気ブラウザゲーム・スマホアプリ「刀剣乱舞-ONLINE-」に登場するキャラクター「蜻蛉切」の影響により、若い世代や海外のファンからも絶大な人気を博しています。

このゲームでは、歴史上の名刀や名槍が美男子として擬人化され、プレイヤーと共に戦うという設定。

蜻蛉切も例外ではなく、その性格設定や外見デザインは、本多忠勝の武勇伝や蜻蛉切の特徴を巧みに反映したものとなっています。

こうした現代のポップカルチャーを通じて、これまで歴史に興味がなかった層の人々も蜻蛉切や本多忠勝について知る機会が生まれました。

ゲームをきっかけに本物の蜻蛉切や戦国時代の歴史に興味を持つ若者が増えており、文化的な側面からも注目すべき現象といえるでしょう。

海外でも「刀剣乱舞」の人気は高く、日本の刀剣文化への国際的な関心の高まりにも貢献しています。

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ここまで蜻蛉切をはじめとする槍や刀剣の深い魅力と価値について解説してきました。

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まとめ

蜻蛉切は、戦国時代という激動の時代を駆け抜けた本多忠勝の魂と一体となった、日本の歴史とロマンが詰まった貴重な文化的遺産です。

生涯57回の合戦で無傷を貫いた忠勝の伝説と共に、この名槍は今もなお多くの人々の心をつかんでいます。

ご自宅に眠る刀剣や槍にも、もしかすると想像以上の歴史的価値や文化的意義が秘められているかもしれません。

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